嗅覚と忘却

キンモクセイの花のにおいにはなつかしさとすこしばかりの暗い感情がまじっている。過去の、過去にしてはすっかり違うものになってしまったような場所からただよいのびてくる。花の匂いは薬品にも似ている。それは実験室の薬品といった清潔な感覚よりも、記憶の底のほうにだけ残っている、家の影に浸された部分を覆う薬だ。いや、それとも子どもの頃に飲んだ甘ったるい薬のにおいだろうか。化学的なかんじのそれは、わたしの記憶を保存してくれているようにも、変質させたもののようにも思わせる。
そんな風に、ちょっとばかりよそよそしい記憶に触れて、ほとんど印象だけでなにかを感じている。ゆらゆらとした感情が、言語の形をとる前の歪な曲線の状態を保ち続けている。歩く。
キンモクセイの花見、としゃれこもうと、用事があって向かった土地の、川のそばの公園を歩いた。橙の花が散る植え込みの前に立て札があり、毒蛾に注意と、丁寧に幼虫の絵まで描かれている。ああ、台無しだ、と目をそらして足を出口に向ける。流れるにおいに、なにも思い出さないようにして、この小さな幻滅を誰かに言おうと思う。川に着いた頃には、それでも思い出していた感情を丁寧に忘れている。さっきの誰かに言おうという気にさせた感情も忘れている。入り交じったたばこのにおいが、建物の入り口の喫煙所で交差する。