かさなる

だれかと目があって、それがあまりにかっちりとした具合であったのに、すぐに外れた。外れたまま、再び合うことはなく、わたしも合わせようとはしなかった。そのだれかがどんなひとだったのかを忘れてしまった。知らない女性なのだが、いったいどこでの出来事だったのだろうか。
合ったことをいやにしつこく覚えているのは、昨日の夕刻、東京駅へと向かう電車内でふとスルメの匂いを感じたときのせいである。見渡すと、ちがう国の言語を話して、くちゃくちゃ「あたりめ」と書かれた袋を握りしめて、ひっきりなしに口の中へとそこから引き出しては噛む老婆を見た。乗客の何人かの目は老婆に注がれていたが、まったく気づく風でもなく、声高に話していた。わたしも目は合わず、合わなくて良かったと思った。そのとき、先のかっちりと合った女性を思い出したのだ。真珠がこぼれたときの音は、あんな硬い感じの気がする。このときはどこで合ったのか、まだ覚えていたのである。
十四歳の頃の帰宅時である。車両を前に前にと進んでいると、隣のクラスの生徒を見た。すぐに目があった。そこには二人ほどわたしのクラスの生徒もいた。彼らはわたしにはまだ気づかず、隣のクラスの生徒と話している。彼はその会話を切って、わたしに向かって、先生にはいわないでくれよ、と言う。なんのことなのか、彼の手に握られているものを見るまでわからなかった。「ボンタン飴」と書かれた箱があった。彼はそれをわたしにも二つほど渡した。だれが言っていたのか覚えていないが、彼はひどく成績が良いと聞いていた。そのことをボンタン飴の転がるのと同時に思い出して、なんだか急にくだらなさを感じた。ろくろく頷かずに、前へと進んだ。たいていは先頭車両に友人がいるのである。その日、授業の都合で入れ違ったがもしやと思って向かっていたのだが、やはりというか運良くというか、よりかかる彼を見た。わたしはなぜとなく「ボンタン飴」のいきさつを話して、彼に一つ渡した。へえ、と受け取りながら彼は、しかしボンタン飴なんて買ったことなかったよ、と言った。わたしもそうだとそう言われてはじめて思い当たった。